雪降る夜に


「オラァァァァァ!!土方ァ覚悟しやがれェェェェ!!!」

突如として襖を一刀両断にしながら沖田が斬りかかってきた。
書類を黙々と片付けていた土方は当然の如く驚き、狼狽して後ろに飛び退いた。
振り向けば、長年使い込んだ机はど真ん中から一刀両断にされて、丁度、机の中心 に置いてあった小説や書類も被害にあって、数秒前の派手な音と共に無残な姿に されていた。
「おま、お前!いきなり何してんだァァァァ!!」
寸での所で逃げて尻餅をついた土方に沖田は「ペッ」と唾を吐き、柄を両手で 強く握り直すと土方の脳天めがけて振り下ろした。
ゴロリと前に転がりながら傍に置いてあった刀を手に取り、障子を巻き込み 庭へと逃げる。
立ち上がると同時に鞘から刀身を抜き、真正面に沖田を見つめた。
「総悟ォォォォ!!テメェいきなり何すんだァァァァァ!!!」
叫ぶ土方に沖田は何も喋らない。
部屋の中から土方を見つめる沖田の眼は完全に据わっていた。瞳孔も開いていた。
土方の立っている庭は雪によって真っ白に染まって、池も表面に氷が張っていた。
どんよりとした灰色の空からはしんしんと雪が降っており、土方の頭と肩に 小さく積もる。
視線を反らさず見詰め合う二人は身動き一つせず、お互いを睨みつける。
こも巻きされた松にも雪が積もり、凍った池に雪が落ちた。
耳に痛い沈黙が辺りを包み、師走の寒さと雪の冷たさが体温を奪う。
ジリジリと相手との距離を縮めて、土方の足が止まった。
(これ以上は無理だな…)
沖田の間合いを確かめると、刀を握り締める。沖田の方も同じで動かなくなった。
土方が右に体重をかけて踏み込もうとした刹那。


おーーい、総悟ぉ〜〜〜ドコ行ったんだぁ〜〜〜〜…


間延びする、気の抜けた声で一気に緊迫した空気が消えた。
「俺はココでさぁ〜〜〜近藤さぁーーーん」
一瞬で殺気を消した沖田は知らん顔で近藤を呼ぶ。
近藤と同じ気の抜ける声を出す沖田に舌打ちをして、土方は放り投げた鞘を 拾い上げて刀身を納めた。
すっかり身体は冷えて、足は赤くなっていた。
「おぉ、ココに居たのかって何これェェーーー!!?」
壊れた襖から顔を覗かせた近藤は哀れ悲惨な部屋を見て疑問を叫んだ。



一同、場所を移動して、土方は斬りかかってきた沖田に理由を尋ねるが。
「……………」
「だんまりか、テメェ…」
先程まで外で雪を被っていた土方は一人、半纏を着て何とか暖を 取り戻そうとしていた。
沖田は土方の方を見ようとはせず、ずっと黙り続けている。
近藤は二人の間に座って、口を閉めて沖田の顔を覗く。
「…たくっ」
何も言わない沖田に痺れを切らした土方は煙草を吸おうと懐から出した。
煙草の箱を指先で軽く叩いて一本出す、それを咥えようと口に運ぶ瞬間、 煙草が消えた。
実際、消えたのではなく沖田が素早い動きで煙草を奪った。
土方はジロリと睨むが沖田はまたもや知らん振りをして、手にした煙草をくしゃり と潰して、隅に投げる。
もう一本、箱から取るが、また沖田に取られた。
もう一度取り出す、沖田に取られる。
また取り出す、沖田に取られる。
取り出す、取られる。
取り出す、取られる。
取り出す、取られる。
取り出す、取られる。
取り出す、取ら…。

「テメェは一体何がしてぇんだよぉぉーーー!!!」
キレると同時に刀も抜いた。
「…落ち着け、トシ」
隣に座っていた近藤は至極真面目な顔で言う。
「これが落ち着いていられるかっ!!コイツが起こす事起こす事、全部俺の迷惑に なる事ばっかしやがってェェ!!文句があるなら口で言えやァァァァ!!!」
「総悟は俺の為にしたんだよ、そう怒らないでくれ」
すまなそうに言う近藤に土方は頭を捻る。
「はっ?近藤さんの為」
「今は一番大事な時期だからな、トシが煙草を吸うのを止めただけなんだ」
「副流煙は身体に悪いって事、知らないんですかぃ」
へっと見下す笑いに、手にした刀に力が篭る。
「そんな事ぐらい知ってる、それがどうしたァ?」
眼を細めて睨み返す土方に、沖田は今度は「はっ」とため息をついた。
「これだから、ムッツリのマヨネーズ好きは解っちゃいねェ」
「よォォーーーしっ!!上等だァァァ!表に出ろやァァ!!総悟ォォォォ!!」
今にも斬ってかかりそうな土方に近藤が泣いて縋る。
「トシ、本当、ちょっと落ち着いてくれって!ほら、刀なんて仕舞って、な!な!!」
「離せェ!近藤さん、俺はもうコイツを斬らなきゃこの怒りは治まらねェェェ!!」
「お願いだからァァァ!!後生だからァァァァ!!!」
「頼むから、離してくれェェ!!近藤さァァーーん!!!」
「ダメだァーー!!絶対に離すかァァア!!!」
しっかりと腰に巻きつく近藤をなんとか引き剥がそうと奮闘する土方。
「俺の話を聞けって!!お願いだから聞いてちょうだいィィ!!」
「うるせェェェ!!!コイツ斬ったら聞いてやるよォォォォ!!!」
「それだけはダメだァァ!!!犯罪者の父親って最悪だってェェェ!!!」
「犯罪者の父親がなんぼのもんじゃアアアアァァァァ……って、え?」
やっと落ち着いた土方から離れた近藤は乱れる呼吸を何とか正常に戻そうと 深く深呼吸をしている。
土方は肩から外れた半纏と乱れた着流しを直そうともせずに、ただただ近藤の言葉 を混乱しながら待った。

「土方君、アナタ、父親に、なるんです」
「……………………………………………………マジでか」

ゼィゼィいってる近藤を見下ろしながら土方は誰もが見たことのない間抜け面を 披露した。


οοοοο


『えーーー、今夜はとてもとても重大発表をします。なんと……なんとですね、 局長に…きょ、局長に…うっううううう、きょ、きょく、ずずっずず、うう…』
マイクを持った山崎が急に泣き崩れる、近くに居る隊長たちも涙ながらに 「頑張れ」や「お前なら出来る」等と応援の言葉をかけるが、隊長の中にはこの場に 居ること自体が辛そうな者も居た。
道場にいきなり集められた隊士達は自分達の上司のあまりの異常さに固まっている。
何の理由も言われずに『道場に来い』とだけ言われて来てみれば、皆が葬式に でも出席してるかのような落ち込みようで覇気がない。
唯一、普段通りなのは近藤と沖田。
それでも沖田はどこかしら不機嫌な顔をしており、近藤はニコニコと笑っている。
そして、この場の雰囲気に似合わないほど、ご機嫌な顔をしている土方。
普段でさえ、こんなに嬉しそうな顔を隊士達は見たことが無い。
道場を取り巻く負の渦よりも土方の気味の悪い笑顔の方が隊士達にとって一番 怖かった。

『ふっ、ぐず…これから、皆に大事な、大事な事をいう…』
何とか立ち直った山崎が鼻声で先程の続きを言う。それでも、目からは涙が 流れていた。
静かになった道場にゴクリと誰かの咽喉の音が響く、隊士全員が山崎の言葉を聞き 漏らすまいと耳を澄ました。

『……局長に、局長に!土方さんの子供が出来ました!!

次の瞬間、真選組屯所から阿鼻叫喚の声が歌舞伎町に響き渡った。
隊士達は近藤に詰めより「本当なのかぁ!」と聞けば、近藤はあっけらかんとした 口調で「おお、本当だ」と、にこやかな笑顔で半分の隊士達を地獄に落とした。
もう半分の隊士達は怒りと憎しみと妬みと嫉みを土方にブツけた。
そして、土方と沖田の戦いも再び始まった。
道場の端で二人が睨み合いを始めるのを目に映しながら近藤は目の前の焼き魚に 箸をさした。
「ぎょ局長…おめでどう、ぐずっ、ございます」
赤くなった鼻をすすって、山崎は祝いの言葉をかける。
「ありがとな…」
腕で目を隠して涙を止めようとする山崎の頭を、今では小さく細くなった手が 掻き回す。人の頭を撫でまわす癖は今でも健在していた。 近藤にされるがままの山崎は目尻を桃色に染めて、はにかんだ。
「…へへへへ」
「はははは」
笑った山崎に近藤も微笑み返す。

「おい、コラ山崎。何ヘラヘラ笑ってやがる」
「そうでさァ。その笑いを止めなきゃ、お前の息が止まるぜィ」

二人に刃先を向けられて山崎は口端が引きつる。ギギギと鈍い音をたてて首を回せば 、二人の背後から出ている恐ろしい憎悪は山崎に注がれた。


隊士全員に絡まれ、叩かれ、泣きつかれ、祝いの言葉を頭上からたくさん言われて、 気付けば酒に溺れた者たちが次々に撃沈していた。 すっかり静まり返った道場に土方、近藤の姿は見えなく、隊士達の屍が転がって いるだけだった。
縁側に座り、後ろからイビキと寝言と土方へ恨みを酒の肴にして薄茶の髪の男は 一人月見酒を楽しんでいた。外は風もなく月に照らされた白の平坦が目に眩しい。
「………くそぅ」
酔っ払いたちのイビキと寝言が溢れる道場で、ひっそりと悔しがった。



先に戻った土方は部屋の真ん中で近藤の腹を優しく撫でて笑っていた。
「近藤さんの腹の中に俺のガキがいるんだなァ…」
しみじみと幸せをかみ締めている土方は今この時、朝に起こった沖田との死闘も、 さきほど道場で隊士全員から斬りつけられた事も、頭の隅に追いやっていた。
目の前に居る、愛しい妻の腹には自分の血を継いだ子がいるのだ。
それを思うと自然と口の端を上げてしまうのは仕方ない。
「近藤さんに似た男ってのもイイけど、女も棄てがたいよなぁ」
「いやいや、男は兎も角、俺似の女の子って何だか微妙じゃないか。 どちらかと言えば、トシ似の女の子が良いと思うぞ」
トシは顔がキレイだから、きっと可愛い女の子だろうな。
「俺には似てなくていーんだよ。どうせ、性格破綻の子供が出来るだけだ」
「…それを自分で言うのか、トシ」
「本当の事だからなァ…」
昼間に降った雪は、昨日よりも厚くなり庭に積もっていた。
部屋から見える空は月の周りに満点の星を散りばめている。
窓から入る冷たい空気に身体を震わせながら土方は近藤に抱きつく。
「…まあ、結局は俺似でも近藤さん似でも。どっちでもかまやしねぇよ」
「トシくん、トシくん。普通ここでは『元気に生まれてきてくれるなら』って ベタな台詞を言うものじゃないでしょうか?」
「近藤さんに何もなく、無事に生んでくれんなら、俺はそれで十分だよ」
「なんだぁ?それじゃ、俺が無事なら子供はどうでもいいように聞こえるぞ」
「……………」
「ええぇ!?図星なのぉぉ!!」
「………うん、いや、その…なぁ。……頑張って生んでくれよ、俺のガキ」
「…うん、不満と疑問が残ってるけど、頑張って生みますよ。トシの子供」
今はまだ、ペッタリと凹んでいるお腹を擦って、豆粒の子供に笑いかけた。
二人で笑って、軽くキスをして、布団の上に転がった。
「好きだ好きだ」と言いながら土方は近藤を強く抱きしめる。
外はいつの間にか、雪が降ってきていた。星は見えなくなっていた。










「…勲さん、ヤりたいのですが」
「子供が生まれるまで駄目だからな」
「マジでかァァ!!?」








もう、好き勝手やりたい放題でスミマセン
書いてて楽しかった!!(自分に正直に生きてます)
近藤さんは男の時でも子供が産めそう気がします、つか絶対産めるって(黙れ)