君の声が聞こえるよ


昨日の酷い大雨とは違い、今日は雲をすこし残すだけの気持ちのいい 青空だった。
筧は窓際の席に座り、その澄み切った青を見上げていた。
先週の金曜に席替えをしたばかりの新しい席はどこか新鮮で、見慣れていた 筈の教室がちょっと変わったように感じた。
隣の方から一生懸命に数式を解こうと焦っているシャープの音がする。 消しては書いて消しては書いての繰り返しで白かったページは消しゴムで 汚れ、筆圧の所為で裏側にまでデコボコの線をつくっているに違いない。
筧はすでに定められていた問題を全部終わらせて、次の問題が黒板に 書かれるまでの時間があまりに暇なので、なにげなく薄い雲の流れを 見ていた。
風は建物との間を滑り、大きな咆哮あげている。
天気は良くても風が強くて校庭に植えてある木々がしなりをつくり、葉っぱを 地面と空中に散りばめていた。
さすがにずっと何も無い空を見るのも飽きてきて、教科書に視線を戻す。
教科書をぱらぱらと指で流し、すぐに消えていく計算式や文章問題を眺める。

すると何かに呼ばれたような気がした。

あいかわらず、教室の中はシャープの音に紙の刷れる音。
小声で隣の友達に問題を教える生徒にただ話をしている生徒。
自分を呼んでいる人間は一人もいない。
教師も筧に背を向けて黒板に次の問題を書き足していた。
気のせいだと思ったが、どうも気になる。
もう一度、窓を見ると。風は止んで、舞っていた葉はなくなって。
かわりに水町が校庭に立っていた。




「さすが、筧〜〜。呼んだのに気付いた!」
そう言って、麺がはみ出ている焼きそばパンに水町はかぶりついた。
「たまたまだ、たまたま。窓を見たらお前がいたんだよ」
こちらは持参してきたお弁当に箸を突っこんでいる。
「いやいや、遠慮すんなよ。『聞こえないよなぁ〜』って 自分でも思ってたのに。これって愛の力だって!!」
「馬鹿だろ」
即答で水町の答えを切って捨てた筧。
ひでぇ!筧!!俺との事はお遊びだったのね!!等と騒ぎ出す。
「人聞きの悪い事言うな。それにお前、足はイスに置くなって何度 言わせりゃ気が済むんだ。いい加減に覚えろ」
今の時間は昼休みで筧と水町は机を挟み、向かいあって一緒に食べていた。
1年の時も2年の今も筧と水町は一緒のクラスになったことがない。 そのため、水町は教室移動の時でも必ず10分休みと昼休みは毎回、筧の教室に 来ていた。
水町は筧に言われたとおりに足を床に置き、揃えて。
手を胸の中間に組んだ。
「ああ!!なんて俺は不幸なんだ!?こんな乱暴な亭主にいじめられる始末! 私もう我慢できません!実家に帰らせてもらいます!!」
泣く振りをしながら、今度はメロンパンの袋を勢いよくパンッと開ける。
「ちゃんと今みたいに股を広げなきゃ俺だって何も言わなねえよ」
眉間に皺を寄せながら卵焼きを口にいれた。
「机ちっせぇーから足入んないんだよ。だからこれは不可抗力。俺は 悪くない」
「だったら、足を横にしとけ。毎回毎回、お前と膝がぶつかって 邪魔なんだよ」
正面に見据えて各自の昼食を食べているので、どうしても机の上には二人の 分の弁当とパンなどの物がのっかる。
結果、狭くなって食いづらい。
それに互いに長身の足長なので、小さな机に大きな足が二つ。
結果、邪魔でウザくなる。
「何言ってんだよ、これは筧と俺の愛のスキンシップなんだから止めるわけ ねぇーじゃん」
「愛のスキンシップって何だよ。だから股、広げんな!」
ああ言えば、こう言うんだからぁ〜〜と水町はまるで子供に言い聞かせる 大人みたく溜息をついた。
筧から言わせれば水町の方がそうだろうと心で毒づく。けして言葉には しない、してしまったら上のような状態がエンドレスに続くからだ。
水町はまだアレコレと身体を動かしながら筧を説き伏せようとしている。
横に足置くと身体がひねって嫌なんだ。
それに通行の邪魔になっちまうじゃんよぉ。
だから筧が横を向け。
そして、俺に机を明け渡せ。
「……………」
さすがにこれ以上付き合ってられないので筧は自分の弁当を減らすことに 集中した。水町からはメロンパンの甘い匂いが漂っている。

弁当を食べ終わり。水町は喋っていたにも関わらず、ちゃっかりとパンや ゼリーなどの昼食は食べていた。
あれだけ注意しても水町の右足は筧の足の間に突っ込んでいる。しかし左足は 今度はイスの上ではなく、筧の右足を挟むかたちで机の下に収めている。
…やはり狭い。
(………股を広げたり、スカートの中が見えなきゃいいか)
制服を見ればわかるが、水町は正真正銘の女だ。
口調や態度が男らしくても理論上、書類の紙の上では女なのだ。
普通の女子よりも身長が高くて、下手すると同級生の男子よりも高く見える。
初めて会った時は本当に間違えそうになった。



「なぁーなぁー、筧」
「なんだ」
中身が無くなった軽い弁当箱をカバンに戻しながら返事をして、 それから次の授業の準備をする。水町の方は見ていない。
「さっきのは偶然だって言うけどさ、俺は…」


キーーンコーーーンカーーンコーーー…


そのあとの声が聞こえなかった。
空気を吐き出すみたいな言葉を遮るかのように終了のチャイムが鳴る。
「んはっ、次って教室移動じゃん」
まるで、さっきの言葉は無かったように急いで食べ散らかしたゴミをコンビニ の袋にすべて詰め込み、ゴミ箱に投げ入れる。
教室移動でも筧のクラスに来るので、水町は必ず慌てながら教室を出る。 これも毎回注意するが本人は聞く気がないらしい。
そして扉で一時こっちを振り返りながら笑顔で手を振った。
「じゃ、また部活な」
「早く行けよ。間に合わねえぞ」
笑顔が扉の影に隠れてからすぐにバタバタと煩い音聞こえ、遠ざかった。
筧は出していた教科書にノートを開く。
先週はどこで終わったか思い出して見直しをしようとすると。
うしろから声をかけられた。
「筧………」
「ん、どうした」
振り返り、声をかけた同級生を見るとなぜかジャージに着替えていた。
他の生徒もジャージ姿で教室から出ていく所で、男は呆れたような困った ような微妙な雰囲気で「次、体育だぞ………」と筧を硬直させた。




筧は遅れてきた罰として校庭を走らされていた。
午前中に砂と葉と空気をごちゃまぜにしていった風はこの場から逃げ去り、 代わりに地面の上には遠くから飛ばされてきたであろうゴミや雑誌の切れ端 を置いてっていた。
そんな少し散らかった校庭から不満の声があがった。
「くそぉーー、筧の所為で俺たちまで走らされるし」
「そうだよなぁ〜〜、俺ら関係ねえーし。筧だけでいいじゃん」
「だから、悪かったって………」
こうして男子は先生に「連帯責任だから男子は10週しとけ」とはた迷惑な 命令が下された。
運動部に所属している者は10週くらい何ともないが、普段からめったに身体を 動かさない男子たちにとって10週は100週ぐらいの重さに感じる、らしい。
その為に、さっきから後者に適応する男子達のブーイングを浴びていた。
筧も遅れた事は反省している。
皆にも悪い事をしたな、とも思っている。
しかし。


「水町とイチャついて遅れるなんて筧らしいけどさ」


これには納得がいかねぇ。
どうして俺と水町がイチャついてるんだ。
しかも、『俺らしい』って何だよ。
「うわっ、コイツ、自覚してねぇ〜〜」
前を走っていた男子にも「たち悪ぃな」と言われた。
「まぁ〜〜、そのうち気付くだろうし、ほっとけ」
「そだな、さっさと終わらせるかぁ〜〜〜〜」
筧の言い分は聞かれずに青空の雲の上に飛んで消えた。

前を走っていた男子を追い抜き、数人を周回遅れにして筧は黙々と 一人で走る。
風がまた吹き始め、水も薬も撒かれていないグラウンドの土ぼこりが 顔に当たってくる。
目に砂が入らないように気を付けていると。

また、声が聞こえた。

教室と同じで誰も自分の事を呼んではいない。
今、一番近い生徒でも7,8mは離れている。
それなのに、また感じた。奇妙な感覚。
校舎が無性に気になって自然とそこに眼を向けた。


すると、4階の廊下の窓に水町の笑顔があった。
教室で別れた時より大きく手を振って、身振り手振りで『筧、がんばれよぉ〜』 と伝えているように思えた。
筧はそれなりに一般の高校男子より、視力は良い。しかし、水町との距離は 遠い。意識してそちらの方を見ないと水町の存在に気づかない。
それに、窓は閉められているから。声は聞こえない筈。

それでも筧は水町が自分を呼ぶ声を聞いた。





「んはっ、やっぱり筧は気付いたじゃん!!」
部室に行く途中の廊下で水町は「俺のいったとおり」と筧の顔の前に指を 突きつけ。
俺は間違っていなかった。筧とは運命共同体なんだ。
腕を組んで、一人で納得して、ふんぞり返っている。
「俺たちって知らずに繋がってるんだよ」
そう勝手に結論を出した水町に。
いつもなら『違う』やら『そんなわけない』と否定の言葉が筧の口から 出てくる。
水町も毎度の事なので、筧がすぐに言った途端に反撃の声を出そうとしたが。
「そうかも、しれねぇーな」



ドサッ


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」
あまりにも予想外な返事が返ってきて、水町はまさに『鳩が豆鉄砲を喰らった』 顔をしてしまった。
ついでに肩に掛けてたボストンバックも落とした。
「何してんだ。さっさと行くぞ」と筧に言われるまで呆然と廊下の真ん中に 突っ立っていた。







なんだが少女漫画な展開でありきたりな形で終わってしまった
ボキャブラリー貧困な脳みその自分に嫌気がさす…
それと高校の時に学年に一人称が『俺』って子が一人か二人は居ませんでした?
水町はそれっぽかったから一人称を俺にさせました